色のない緑の考えが猛烈に眠る


――2052年4月にイングランドでインフルエンザが大流行した結果、人々は可能な限り外出を控え、商業地域へ人が詰めかけるようなことがなくなり、バーチャル空間の安全さと利便性を理解した。
これは「色のない緑」というSF作品の時代背景である。
「色のない緑」は2019年に発表された作品だが、まるで、新型コロナウイルス流行が続く「今」の時代を描いたようである。


「色のない緑」の世界は、感染症流行により生活様式が変容した世界であり、人工知能が発展し強力になった世界でもある。

この作品の語り手であるジュディは翻訳家の「ような」仕事をしている。
翻訳と言っても、例えば英語を日本語にするのではなく、機械翻訳された拙さの残る文章に脚色を付けるというものだ。

実際、ネット翻訳は十数年前と比べて格段に精度が上がっている。
短文ですら違和感のある翻訳になり、長文だと誤訳も珍しく無かった以前のネット翻訳と比べ、今では短文ならほぼ完璧に訳され、長文でもやや流暢さに欠ける程度で誤訳も減った。
「翻訳家」という仕事内容が、ジュディの仕事のような内容を指すようになるまで、さほど時間はかからないかもしれない。


ジュディは計算は苦手だが言語能力には長けている、「いかにも」な文系である。
彼女は、この仕事がいずれなくなるのではないかという不安や、理系の人間に対する劣等感を抱いている。
私自身、小学生から中学生になる頃には既に「近い将来、技術が進歩して人間の仕事が減る」と言われていて、自分自身も超のつく文系なので、ジュディの感覚は理解できるものがある。

技術進歩が目覚ましい昨今、確かに既に、同じ名前でも内容が変わった仕事は存在している。
きっと、より、さらに技術は進歩し、様々な様式も変容していくだろう。
今、意味のない、もしかしたら存在すらしていない者が、すこぶる意味のあるものになることだってあるだろう。
それに適応できる人や物もあれば、だが確実に、淘汰される人や物もあるはずだ。


少しでも適応できるように、できる限り淘汰されないように、多くのものにアンテナを張り、触手を伸ばしていきたいものである。

 

 

陸秋槎 作、稲村文吾 訳。『アステリズムに花束を』(早川書房、2019年)収録。

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